高尾野

高尾野は薩州島津家領に含まれていましたが、文禄2(1593)年に薩州島津家第7代忠辰が改易され、高尾野を含む出水郡が豊臣氏の直轄地となります。その後慶長4(1599)年に島津家本宗家の領地に戻ります。 阿久根の地頭であった宮原景晴は阿久根より武士81人を連れ高尾野に移り、地頭として高尾野郷の建設に尽力、当初は柴引村砂原が中心であったようです。元和年間末から寛永年間の初め街道に近い場所に移り、地頭仮屋を中心に麓がつくられました。