踊には踊城があります。この城があまりにも守りが堅く、攻撃を受けても踊っていられるということからその名がついたといいます。戦国時代までに築かれたといい、踊は横川氏、税所氏、北郷氏、北原氏とその支配が変わりましたが、天正3(1575)年には島津氏領であったと推測されます。 元和元(1623)年に踊郷が成立し、地頭仮屋は宿窪田村に置かれ、萬膳村、中津川村、上中津川村も属しました。幕末、島津斉彬が八田知紀に命じて和気清麻呂が流された場所を調査させ、宿窪田村の中津川上流稲積里、犬飼滝の近くに定めたことでも知られます。

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