日当山

中世、日当山城があり、天文年間(1532-1555)には本田董親の所領だったとされます。天文17(1548)年、北原氏が日当山城を攻めるものの、島津貴久方の伊集院忠朗がこれを奪い返しています。天文24(1555)年、日当山城は島津以久(島津貴久の弟・忠将の子)に与えられますが、天正8(1580)年より肝付兼寛が地頭として配され、江戸時代も直轄地でした。日当山郷は佳例川村・西光寺村・東郷村・朝日村からなり、五代目地頭の徳田太兵衛はとんち話で有名な「日当山侏儒どん」として有名で、三二代目地頭は大久保一蔵が任じられています。 日当山郷は温泉が多く、東林寺之湯、妙見温泉、日当山温泉、山之湯温泉があり、日当山温泉は西郷隆盛がよく訪れた温泉として知られます。ちなみに西郷家の持高には日当山郷の西光寺村分が含まれていました。