62.志布志麓庭園(天水氏庭園)
内城と松尾城を隔て南北に走る沢目記馬場が北東に曲がる奥部、都城へ続く道と西之浦に続く道が分かれる地点に位置します。屋敷地が溶結凝灰岩の岩盤の上にあたり、屋敷の周りは溶結凝灰岩を削りその上に石垣が築かれ趣があります。また武家門(腕木門)の両脇も岩盤で袖壁としている点が見事です。庭の手前にも石垣と門があり、天水氏庭園は志布志城(内城)を借景とした枯山水です。作庭はかつての所有者(村原氏)の祖先、時期は江戸中期と伝わります。昭和31年鹿児島県指定名勝。
内城と松尾城を隔て南北に走る沢目記馬場が北東に曲がる奥部、都城へ続く道と西之浦に続く道が分かれる地点に位置します。屋敷地が溶結凝灰岩の岩盤の上にあたり、屋敷の周りは溶結凝灰岩を削りその上に石垣が築かれ趣があります。また武家門(腕木門)の両脇も岩盤で袖壁としている点が見事です。庭の手前にも石垣と門があり、天水氏庭園は志布志城(内城)を借景とした枯山水です。作庭はかつての所有者(村原氏)の祖先、時期は江戸中期と伝わります。昭和31年鹿児島県指定名勝。